
鴨居にぶら下がってるのを見つけたのは長女だったらしい。
この人には世話になった。厭な思いをした記憶が1つも浮かんでこない。
酒の席でオレに会うと、「1048君、どうしたらいいかな。」っていつも言ってた。守りの姿勢といえば聞こえはいいけれど、手を打たないってヤツはさぁ、ガン細胞みたいにじんわりじんわりと、それでいて着実に会社の業績を悪化させていくのよ。
ある時、どうしたらいいかな。から、全部なくなっちゃったよ。に変わった。私財をなげうって延命を試みても、それだって無限じゃぁないもの。
オヤジの分まで残された僕たちが頑張りますと、長男が弔辞を読んだ。1000人近い弔問客が訪れる中、焼香に参列していた俺は、1時間経ってもまだ遺影にもたどり着けず、マイクを通して聞こえてくる長男の声に、正直そんなに簡単じゃねぇだろうなと、ただ部外者として聞き入っていた。
焼香台にたどり着いたけれど、あまり葬式に行かないものだから、焼香の仕方をよく知らない。遺影と、焼香台の両脇に飾られた笑顔の写真に生前の豪快な笑い声を思い浮かべつつ、高校球児のように深々と頭を下げてきた。
弟と一緒に帰る途中、自殺するにも誰に見つけてもらうかまで考えないといけないから難しいよなと話をしながら、鴨居にぶら下がった自分を思い浮かべていた。参列者の中には、間違いなくオレのように我が身を憂いた人が居たに違いない。
死んじまったホントの悲しみは、これから遺族に降りかかる。魂がもしあって、天国も地獄もあるとしたら、これから家族が辿る運命を、ただ見届けなければならない事が、まさに地獄ではないだろうか。